イ ブ 仮 説

(読売新聞より)

 




1994.04.04 書評A


 「現代人」とは二十世紀人のことではない。十万年ほど前から一万年前にかけて全地球上にひろがった現世人類、人類学上の「新人」のことである。彼らは約二十万年前アフリカで、より古い原人(ホモ・エレクタス)から進化した。最近のミトコンドリアDNAの分析は、われわれの祖先がアフリカのひとりの女性に行きつくという。その「イヴ」が住んだと旧約聖書が伝える「エデンの園からの旅」というのが本書の原題である。
 われわれはビッグバンからの宇宙進化という大きな物語をもっている。ついで地球上の生命誕生と進化、そしていま新人類の全陸地への拡散という物語を読むことができる。旧来の石器と遺骨という物的証拠だけでなく、新しい年代測定技術、遺伝子分析、統計的手法などによって、この二十年、十年来、物語の裏付けは年毎に増している。
 著者は専門の先史考古学、人類学者だが、読ませる技術もたいしたものだ。知的興味と物語的興奮をともに大いに楽しむことができた。まさに壮大な大説である。
 最初期人類のアフリカ起源は定説になっているが、果たして新人もアフリカだけで誕生したのか、すでに百万年前ごろから中東、ヨーロッパ、東南アジア、中国まで移動していた原人、旧人からそれぞれの地域で独自に新人へ進化したのではないのか、両説が対立している。それが書名の「論争」の基本である。
 著者は公平に両説を紹介しているけれど、どちらかというとアフリカ単独説の側に寄っている。遺伝子分析がその方を裏付けるからだろう。
 ただわれわれとしては、遺跡の乏しいこともあってアジアの部分、とくに東北アジアの記述が比較的簡略なことが残念だった。
 しかし物語の大筋だけでなく、細部に興味ある事実と推理と新たな謎(なぞ)がいっぱいある。糸を通す小さな穴をあけた針の発明が、衣服を改善して新人たちの極北地域進出の道を開いたという指摘が、私にはとても印象に残った。河合信和訳。(どうぶつ社、三五〇〇円)
 ◇ブライアン・フェイガン イギリス生まれ。米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授・人類学。著書に「アメリカの起源」(どうぶつ社)など。

 

1995.10.15
現代人はアフリカが起源 14万年前、枝分かれ DNA分析で「単一」補強説



 現代人「ホモ・サピエンス」の共通の祖先はこれまで考えられたより新しく、約十四万三千年前のアフリカにいたとする最新の研究成果が、国立遺伝学研究所・宝来聡博士らのDNA(遺伝子)分析で明らかになり、十四日に千葉市で開かれた日本人類学会で発表された。
 八年前に米国の研究者が同様の手法を使い、現代人の共通祖先は、約二十万年前のアフリカにいた女性であるとする“イブ説”を唱えて話題を呼んだが、今回の成果は、この分岐の時期がより新しいことを、高い精度で明らかにしたもの。
 宝来博士らは、アフリカ、欧州、日本の各現代人とチンパンジーなどの四種の類人猿から、細胞内にある小器官・ミトコンドリアのDNAを集め、種や民族の差でどのくらい遺伝暗号に違いがあるかを調べた。このミトコンドリアは母親から子供に伝わるので、母系の祖先をたどるのに有力な手法で、遺伝暗号の違いが多いほど縁(えん)戚(せき)関係が遠く、違いの量を調べることで種や血統が枝分かれした時期を推定できる。
 この結果、現代人はいずれも、十四万三千年前(誤差プラス・マイナス一万八千年)にアフリカの女性から分岐したことが判明した。
 現代人の起源については、百数十万年前に世界各地に分散した原人が地域ごとに進化したとする「多地域進化説」と、アフリカで生まれたとする「単一起源説」とで論争が続いているが、宝来博士は「今回の研究成果によって、単一起源説がより決定的になった」と話している。


1999.08.05
イブが食べたリンゴの祖先もイブ 陸上の全植物1種から進化 遺伝子分析で判明



 【ワシントン4日=大塚隆一】地球上の植物の分類を五年がかりで進めてきた国際研究チームは、草木や花、シダ、コケなど陸上のすべての植物は約四億五千万年前より以前に淡水に生息していた、たった一種類の原始植物から分化したらしいことを突き止めた。陸上植物は複数の祖先を持つという定説を覆す発見で、米ミズーリ州セントルイスで開かれている国際植物学会議で四日発表された。
 現在の人類は十万—三十万年前にアフリカにいた一人の女性「イブ」から枝分かれしたとする仮説があるが、研究チームのブレント・ミシュラー米カリフォルニア大バークリー校教授は「植物にもイブがいたことを示す驚くべき結果だ」と話している。
 「緑色植物系統研究グループ」と名付けられた研究チームには米国、日本、英国など十二か国の科学者約二百人が参加。遺伝子の分析などから、地球の生物の系統樹を作り直す作業を行った。それによると、地球上の生物は、核を持たない原始的な細菌類を除くと、草や花などの緑色植物、海藻などの紅色植物、褐色植物、キノコなどの菌類、動物の五つに大別できた。
 このうち、陸上の植物が大半を占める緑色植物は、もともとは川や湖など淡水中で生息していたが、次から次へと陸上への進出を試みた。一種だけが生き残り、五十万種とされる現在の陸上植物の共通の祖先になったことが分かったという。従来の説では、緑色植物の一つであるコケは、花やシダとは別の祖先から進化したと考えられていた。
 また、キノコやカビなどの菌類は、系統的には植物よりも動物に近いことも判明した。
 研究チームによると、細菌類も含めると地球上には一千万—一億種もの生物がいると推測されるが、見つかったのはまだ約百四十万種にすぎない。ミシュラー教授は「大半の生物はまだ調査されていない。研究は始まったばかりだ」と話している。



2001.03.26
〈解〉イブ仮説



 母から子へ受け継がれるミトコンドリアのDNAの塩基配列を比較することで、現代人が別々の原人などから進化したのではなく、約20万年前にアフリカにいた共通の祖先から分かれたとする説。米カリフォルニア大学のウィルソン教授はアジア、ニューギニア、オーストラリア、ヨーロッパ、アフリカに住む人たちのDNAを調べ、突然変異による塩基配列の変化がある一定のペースで起こると仮定して、その多様度から各集団の成立した時期や近縁性を決めた。


2003.02.28
ジャワ原人、人に進化せず 発見の頭骨化石解析 国際共同チーム



◆「単一起源説ほぼ決定的」
 ジャワ原人が、現代人(ホモ・サピエンス)へと進化した可能性を、ほぼ完全に否定するジャワ原人の化石を国立科学博物館と東京大、インドネシアの国際共同チームが発見した。これまでのDNA解析から、ジャワ原人や北京原人、ネアンデルタール人などから現代人に進化したとする考えは否定されているが、「ジャワ原人が進化しオーストラリア先住民のアボリジニになったのでは」との説だけは根強かった。今回の化石研究でこれも否定された。
 研究チームの国立科学博物館の馬場悠男(ひさお)人類研究部長は「約二十万年前、アフリカで進化した現代人が、約十万—五万年前に各地に広がったとする『単一起源説』をほぼ決定的とした」としている。
 馬場部長らは、インドネシア・ジャワ島中部でジャワ原人の化石頭骨を発見。この頭骨と、以前に発見された二頭骨を解析したところ、時代を経るに従って、眉(まゆ)の部分の骨の突起やあごの関節の構造など、現代人との違いが際だつ形に変化していた。研究チームは「アボリジニも含め現代人へと進化した可能性はほとんどない」と結論付けた。この成果は二十八日付の米科学誌サイエンスに発表される。
 
写真=新たに見つかったジャワ原人の頭骨。眉の部分の隆起などに特徴がある(馬場部長提供)
図=現代人の単一起源説
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 <ジャワ原人> インドネシアのジャワ島に百数十万年前から住んでいた。頑丈な体形で、脳の大きさは現代人の三分の二程度。道具を使って、動物の肉などを食べていたらしい。ピテカントロプスとも呼ばれる。

 

1995.04.11 書評


講談社

 人類進化の研究の主要な方法は化石人骨の形状分析であるが、20世紀後半からは遺伝子分析による方法が登場して、次々と驚くような学説が発表されて話題を呼んでいる。その代表的な例が1987年に発表されたミトコンドリアDNAの分析によるものである。ミトコンドリアDNAは母親だけから子孫に伝わるもので、祖先をたどる上でモデルを単純化できるという利点がある。その分析結果によれば、すべての現代人の起源はおよそ20万年前のアフリカの一女性へと行き着く。つまり、旧人ネアンデルタール人はもとより北京原人もジャワ原人も現代人の祖先ではなく、絶滅する彼らにかわって、アフリカでいち早く進化した新人が新たに十数万年前に中近東を経て世界中に広がったのが私たち現代人の祖先だというのである。

 

2005.5.13 現生人類、6万数千年前にアジアで急速に拡散


 
 アフリカで約20万年前に誕生した現生人類は、6万数千年前にインドからオーストラリアまで、インド洋に沿って一気に広がったとみられることが、英国などの研究チームが行ったアジア人の遺伝情報の比較分析でわかった。

 現生人類のアジアでの足取りが詳しく明らかにされたのは初めてで、13日付の米科学誌サイエンスに発表される。

 研究チームは、長く孤立していたために遺伝情報から祖先をたどるのが容易なマレーシアの先住民260人について、ミトコンドリアという細胞内器官の遺伝情報を新たに解読した。

 これまでに解析されていたアジア人やオーストラリア先住民の遺伝情報と比較したところ、その違いから、マレーシア先住民は約6万年前以降にほかのアジア人の系統から枝分かれしていたことが判明した。

 アフリカから旅立った現生人類はまず、紅海をわたりアジア方面に向かい、インドには約6万6000年前、オーストラリアには約6万3000年前にたどりつくなど、急速に広がった可能性が高いこともわかった。ヨーロッパに約4万年前にたどりついた現生人類は、アジアに出た現生人類の一部が枝分かれしていったという。

 現生人類のアフリカからの旅立ちは一度きりで、その集団の規模は数百人程度だった可能性が指摘されている。時期は約8万5000年前よりも最近だと考えられているが、明確に突き止められていない。