子女の愛
過日、テレビで奇妙な光景を見ました。四十代の男性が若い女性を抱いて、哺乳びんからミルクを飲ませているのです。まるで母親が赤ちゃんを抱いて授乳している恰好です。抱いている男性は精神科の先生であり、抱かれている若い女性はそのクライアントなのです。
先生はクライアントを優しくあやしてあげ、おしめを取り替えるまねをしたり、おぶってあげたり、手を引いて遊園地に遊びに連れて行ってあげたりするのです。つまり先生はクライアントの母親代わりをしてあげているのです。これはれっきとした医療行為なのだそうです。しかし気の遠くなるような治療法です。
クライアントの症状というのが対人恐怖症であったり、心が不安定で社会生活がうまく営めないのです。その原因がどこにあったのかというと、幼児期に受けた心の傷によるのです。つまり母親の愛を充分に受けて育たなかったことにあったのです。ですから幼児期に戻って一から育て直しをする療法が、あの奇妙な授乳のシ−ンなのです。これを「育て直し症候群」とかいうのだそうです。
幼児期の生活環境がいかに大切かは、育児の専門家の指摘するところです。母親の胎内からの胎教の必要性もいわれています。母親の愛情によって、子供は人間として成長するのです。狼に育てられた少女は、狼のようにしかなれませんでした。ただミルクを与えただけでは、人間の心は成長しないのです。
愛の心情圏とは、愛の広がる範囲のことです。人間は成長するにつれ、その愛の心情圏が拡大してゆくのです。誕生した子供がまず知るのが母親の顔であり、母親の愛情です。そして子供は母親の愛に応えて美を返すのです。それから子供は父親の存在を知り、母親とはまた違った愛の授受作用がなされるのです。こうして両親の愛をいっぱいに受けて成長した子供は、愛情の豊かな人間に育つのです。
親の愛情が不足していたら、それが子供の心のトラウマとなって重大な障害となるのです。施設に預けられたり、鍵っ子で成長することも問題です。まして親に虐待される子供ほどの悲劇はありません。まさに犬畜生にも劣る所業です。
親になるということは簡単ではありません。子育ての苦労にもまさる愛の喜びがなければ、親になることはできません。両親の愛を充分に受けることなく成長した男と女が結婚すれば、どんな家庭になるのでしょうか。子供をつくることに躊躇するのです。かくて都会では核家族化が進み、少子化が進んで、冷え冷えとした人間関係の社会になっているのです。
親の喜びはどのように生じるのでしょうか。「自己の性相と形状のとおりに展開された対象があって、そこからくる刺激によって自体の性相と形状とを相対的に感じるとき、ここに初めて喜びが生じるのである」と「原理講論」(六五頁)にあります。
つまり親は自分の分身である子供が成長することによって、そこからくる刺激によって喜びを感じるのです。それはまた、神の創造の喜びをつい体験することでもあります。
子女を愛する親の愛は、溺愛であってはなりせん。教育者としての厳しさが必要であり、子供の模範とならなければなりません。
子供はまた親を手本として成長するのです。父のような男性、母のような女性になりたいと思い、父のような夫、母のような妻になりたいと思うのです。ここに親に対する尊敬心が生まれ、学校では先生を尊敬し、職場では上司に従う秩序が生まれるのです。「家和万事成」のです。国家、社会の基本は家庭にあります。
ですから子供の前で親が争うのは禁物です。両親が不仲であったり、浮気や不倫をすれば家庭の秩序は乱れるのです。もちろん離婚は家庭の崩壊です。