謎とき『創世記』

第九章 ヨセフとその兄弟たち

夢見る人ヨセフ

 物語はヤコブの愛するラケルが産んだ子ヨセフと、その兄弟たちとの間に展開します。ヨセフは17歳になっていました。容姿はすらりと美しく、そしてとても利発でした。ヤコブは年老いて、ラケルとの間に生まれたヨセフを特別に愛して,彼にだけは長そでの着物を作って着せていました。兄弟たちはそんなヨセフをねたみ、彼とまともに口をきこうとしなかったのです。その上ヨセフは,兄の悪い噂を父に告げ口したのです。その噂とは、兄ルベンが父のそばめのビルハと寝たことです。ヤコブはそれを聞き,心にとめておきました。兄弟たちはさらにヨセフを憎みました。
  ヨセフは夢を見る人です。神はアブラハム、イサク、ヤコブのときのように、直接ヨセフに現れては語られないのです。またヨセフには神の「生めよ、ふえよ」の祝福もありません。ヨセフとその兄弟たちには,神の顕現はありません。神は次第に「創世記」の登場人物に語りかけることが少なくなり、人間から遠ざかってゆくように見えます。しかし実はそうではないのです。
 「生めよ、ふえよ」の祝福が与えられるのは、神が召命された復帰摂理の中心人物だけなのです。アブラハム・イサク・ヤコブ三代を一代とみなして、摂理の中心人物とされました。善悪分立の摂理は、ヤコブの息子たちの間で成されるのです。次に展開されるのは、カインの立場の兄たちと、アベルの立場のヨセフの物語です。カインはアベルに従順に屈服しなければなりません。カインとアベル、エサウとヤコブは一対一の関係でしたが、今度は十人の兄たちと、ヨセフの関係です。物語はそれだけ複雑になるのです。
 カインの立場の兄たちは、悪の表示体なのです。シメオンとレビは妹のためとはいえ、町の人々を皆殺しにして略奪の限りをつくすのです。そして長子のルベンは、父のそばめのビルハと寝て不倫をするのです。エバとカインの罪の現れです。彼らもカインやエサウのように、弟ヨセフを殺そうとするのです。その兄たちが、弟ヨセフに完全に屈服するまでが「創世記」のヨセフとその兄弟たちの物語です。
 アベルがカインの恨みをかったように、ヨセフも父の寵愛をよいことに、兄たちを見下すところがあったのです。ノアの次子ハムのように告げ口するのです。
 カインの立場の兄たちは、堕落性を脱ぐための償いの条件を立てなければなりません。ヨセフはアベルとして、愛と万物で兄たちを自然に屈服させなければなりません。しかし神は彼らにその方法は教示されないのです。それは彼らの責任分担だからです。神はヨセフに直接は語られないのですが、夢の中で預言されるのです。神は夢でヨセフを導いておられるのです。
 ある時ヨセフは夢を見て、兄弟たちに語って聞かせました。それは彼らを不快にさせ、彼らを怒らせました。それはこんな夢でした。
 畑で束を結わえていると、ヨセフの束が起き上がって、兄たちの束がまわりに来て、ヨセフの束を拝んだという夢です。すると兄弟たちは、「おまえはわれわれの王になるというのか。実際われわれを治めるつもりか」と怒り、ますますヨセフを憎んだのです。またヨセフはこんな夢を見て、父と兄弟たちに語りました。
 「日と月と、11の星が、わたしを拝みました」
 ヨセフを愛するヤコブも、さすがにこれをとがめました。
 「それはどういう事か。ほんとうにわたしと、母と兄弟たちが行って、地に伏しておまえを拝むのか」兄弟たちはヨセフをねたみ憎んだのですが、ヤコブはヨセフの夢を心にとめておきました。
 ある時、兄弟たちがシケムで羊を飼っていたので、ヤコブは兄弟たちの様子を見にヨセフを行かせました。ヨセフは兄弟たちを探して、ドタンという所まで行きました。
 兄弟たちはヨセフが来るのを見て、彼を殺す絶好のチャンスと思ったのです。
 「あの夢を見る者がやって来る。やつを殺して穴に投げ入れて、悪い獣に食われたことにしよう。彼の夢の果てがどうなるか見てみよう」ルベンはこれを聞いて、さすがに心が咎めたのです。ヨセフの血を流すことには反対でした。穴に投げ入れたあとで、ヨセフを助け出そうと考えたのです。彼らはヨセフが来ると、その長そでの着物をはぎ取り、捕らえて穴に投げ入れました。穴には水がありませんでした。
 彼らはその事が終わると、穴のまわりに座ってパンを食べたのです。するとらくだの隊列が見えてきました。それは香料や、もつやくをらくだに背負わせてエジプトに下る隊商でした。ユダは兄弟に言いました。
 「弟を殺しても何の益にもならない。それよりも彼をあの隊商に売ろう。ヨセフもわれわれの肉身だから、手を下すのはまずい」そこで兄弟たちはヨセフを、銀20シケルで奴隷商人に売ったのでした。
 ルベンは穴に戻ってきて、ヨセフがいないことを知るとあわてました。父に何と言い訳をしたらいいのか、分からなかったのです。そこでヨセフの着物にやぎの血を浸して、ヤコブに見せました。ヤコブは着ている衣服を裂き、腰に荒布をまとって嘆いて言いました。
 「わが子の着物だ。悪い獣がヨセフを噛み裂いて食ったのだ」父はヨセフのために泣きました。ヤコブの子らと娘たちは父を慰めようとしましたが、彼はその慰めをも拒んで、悲嘆に暮れるばかりでした。
 「わたしは嘆きながら陰府に下り、わが子のもとに行こう」

  タマル

 「創世記」第三八章は、少なからず読者をとまどわせます。ヨセフとその兄弟たちの物語の途中になぜ、ユダの嫁のタマルの話が挿入されたのかが分かりません。しかもその話は美談でもなければ、教訓にもならない話なのです。嫁と義父が関係を結ぶという、むしろ忌まわしい話です。ですから聖書物語の作者たちはほとんどこの話を除いて、タマルを無視してきました。そかし「創世記」には意味のない話も、無駄な話もないのでした。そのように見えるところに、実は神の摂理の秘密が隠されているのです。ユダはヨセフをエジプトの奴隷に売りとばした悪人か、それとも弟を助けた命の恩人かはともかく、ヨセフの兄弟たちの中で重要な役割をはたす人物です。そのユダの息子の嫁のタマルは、どんな役割をはたしたのでしょうか。神の摂理の秘密を解くのはこの物語の終わりにするとして、タマルの話をまとめてみましょう。
 ユダには三人の息子がいました。長子がエル、次子がオナン、三男がシラです。シラはまだ幼いのです。ユダはエルのために、名をタマルという嫁を迎えました。しかし長子エルは主の前に悪い者であったので、主はこれを絶たれました。長子が死んだならその嫁を次子がめとるのが慣わしでした。しかしオナンはその子が自分のものにならないことを知って、兄の血統を残さないために、わざと精を地に洩らしたのです。それは主の前に悪であったので、彼も絶たれました。ユダはシラも死ぬことを恐れて、タマルを寡婦のままで家においたのです。
 日がたって、ユダの妻は死にました。妻の喪があけると、ユダは友だちと一緒にテナムに上りました。それを聞いたタマルは、寡婦の衣服を脱ぎ捨て、被衣で身をおおい隠し、街頭に立ったのです。ユダはそれを遊女と思い、買おうとしました。まさかその女が、わが家の嫁だとは知りません。
 「わたしに、何をくださいますか」女はユダに言いました。
 「群れの中のやぎの子をあげよう」
 「それをくださるまで、証拠となるしるしをわたしにください」
 「どんなしるしをあげようか」
 「あなたの印と、紐と、あなたの手にある杖とを」
 ユダはその三つの品を与え、彼女の所に入りました。やがて彼女は起きて、被衣を脱いで寡婦の衣服に着替え、そこを立ち去りました。タマルはユダによってみごもりました。
 ユダは三つの品を取り戻そうと、友だちにやぎの子を託して女を探させました。しかしいくら探しても、そんな遊女はどこにもいませんでした。
 それから三月ほどして、嫁のタマルはみごもっていることが知られました。寡婦がみごもるなら、姦淫したに違いありません。姦淫は死罪です。ユダは激怒して、嫁を引き出して焼き殺そうとしました。するとタマルは三つの証拠の品を示して、その持ち主によってみごもったことを、ユダに告げたのです。ユダはそれを見て、あの遊女がタマルであったことを知り、深く恥じて言いました。「彼女のほうが正しい。わたしがシラを彼女に与えなかったからだ」
 タマルの出産の時がきました。それは双子でした。
 先にひとりの子が手を出したので、産婆は緋の糸をその手に結びました。その手が引っ込むと、あとの子が先になって出てきました。産婆は「どうしてあなたは自分を破って出るのか」と言い、それで先に出た弟は、名をペレズと呼ばれました。そのあとで、手に緋の糸を結んだ兄が出たので、名はゼラと呼ばれました。
 タマルはマタイ伝の冒頭のイエスの系図の中の、四人の女性のひとりです。イエスは先に出た弟、ペレズの血統ということになるのです。

 獄中のヨセフ

 さてヨセフは奴隷としてエジプトに売られ、パロの役人であった侍衛長ポテパルが買い取りました。主人は神がヨセフと共におられることを知り、彼をそば近くに仕えさせ、家の管理をすべて彼に任せたのです。
 ヨセフは姿がよくて美男子でした。ポテパルの妻はヨセフに目をつけ、彼を誘惑するのですが、ヨセフは拒みました。家の物の管理は任されていても、主人の妻だけは別です。それは主人への裏切りであり、大きな罪を犯すことです。
 ポテパルの妻はヨセフが拒めば拒むほど、執拗に迫りました。家に誰もいない時、彼女はヨセフの衣服をつかんで、「わたしと寝なさい」とヨセフに迫ったのです。ヨセフは着物を彼女の手に残したまま、裸で外へ逃れました。
 ポテパルの妻は突然、大声で叫んで人を呼びました。「あのしもべが、わたしに戯れようとしたのです」主人は妻の訴えを聞いて激しく怒り、ヨセフを捕らえさせ,獄屋に投じました。こうしてヨセフは、獄中の身となったのです。
 こうした事の後、エジプト王の給仕長と,料理長が罪を犯して,ヨセフと同じ獄中の身となりました。給仕長と料理長はともに夢を見ました。ヨセフは夢を解き明かす人でした。給仕長の夢は三日目に釈放されるというお告げでした。しかし料理長の夢は三日後に処刑されるという予告でした。二人は夢のとおりになりました。
 ヨセフは釈放される給仕長に、自分が無実であることをパロに話してくれるように頼んだのですが,彼は出獄するとその事を忘れてしまいました。
 それから二年が過ぎました。パロは夢を見ました。ナイル川から肥えた七頭の牛があがってきて、葦を食っていました。それからやせ細った七頭の牛があがってきて、肥えた牛を食べてしまいました。パロはまた夢を見ました。一本の葦に七つの良い穂が出ていました。それからやせた七つの穂が出てきて、良く実った七つの穂をのみつくしてしまいました。パロはこの不思議な夢に心が騒いで魔術師を呼んだのですが、解き明かす者がいませんでした。
 この時、給仕長は獄中のヨセフを思い出したのです。彼はパロに呼び出されました。
 「神はこれから起きる事を、パロに夢で預言されたのです」とヨセフは王に言い、夢の解き明かしをしました。それはエジプト全土に七年の大豊作があり、その後に七年のききんが起こるという預言でした。
 こうして七年の大豊作の時に、パロとその家来たちは食料をたくわえました。ヨセフは王の信任を得て、やがてエジプトの宰相になるのです。その時、ヨセフは30歳でした。

 エジプトに下る兄弟たち

 七年の大ききんは、カナンにも及びました。ヤコブは子らに言いました。「顔を見合わせていてもどうにもならぬ。エジプトには穀物があると言うではないか。あなたたちはエジプトに下って、食料を買い求めてくるのです。座して死を待つことはありません」
 そこで十人の兄弟たちは、エジプトに下りました。しかしヤコブは末の弟のベニヤミンだけは残しました。彼が災いに遇うことを恐れたのです。
 兄弟たちはエジプトの宰相に会い、地にひれ伏して彼を拝みました。彼らはその人が、まさかヨセフだとは思ってもみなかったのです。ヨセフはそ知らぬ顔をして、彼らを荒々しく扱いました。
 「あなた方は回し者で、エジプトの地を探りに来たのではないか」
 「とんでもございません。しもべらはあやしい者ではありません。ただ食料を買うために来ました」ヨセフは高飛車に言いました。
 「いや、あなた方は確かに回し者です」ヨセフは彼らを三日の間,監禁したのです。それから彼らに言いました。
 「もしあなた方が真実の者なら,兄弟のひとりを残して,穀物を持って帰るのです。そうして末の弟を、わたしのもとに連れて来なさい。そうすれば死を免れるでしょう」
 彼らは異国で災難に遇ったのは,弟ヨセフに罪を犯した報いだ、と互いに言い合いました。ヨセフはそれを聞いて泣いたのです。彼らはヨセフが聞き分けているとは知らないのです。ヨセフはシメオンひとりを捕らえて縛り、また人々に命じて彼らの袋に穀物を満たしました。
 旅の途中,彼らが袋を開けてみると、銀が返してあるではありませんか。彼らは驚き、何事がわけが分からずに震えたのです。兄弟はカナンに帰って,父にすべての事情を話しました。それぞれの袋には金包みが入っていました。
 「ヨセフはいなくなり、シメオンもいなくなり,今度はベニヤミンだ。災いはわたしに降りかかってくるのだ」ヤコブは嘆いて言いました。 
 「わたしに行かせてください。もし帰らなかったらわたしの二人の子供を殺してもかまいません。きっと連れて帰ってきます」ルベンが父に言いました。
 「いや、ベニヤミンは連れて行ってはならない。ヨセフは死に,あの子まで死んだら,わたしは悲しんで陰府に下る」
 ききんは容赦なく迫り、ヤコブの家の食料は底をつきました。しかしエジプトに行って宰相から食料を買うには、弟ベニヤミンを連れて行かなければなりません。兄弟ユダは必死の覚悟で父に訴えました。ヤコブも承知するしかありません。ユダは多くの贈り物と,倍額の銀を携えて,ヨセフの前に立ったのです。
 ヨセフはベニヤミンの姿を認めると,家づかさに命じて食事の準備をさせました。彼らはヨセフの家に連れて行かれたので、ひどく恐れていました。捕らえられて奴隷にされると思ったのです。しかし食事をすると聞いて,贈り物を整えてヨセフを待ちました。
 ヨセフが帰ると,兄弟たちは贈り物を捧げ、地に伏して拝みました。エジプトの宰相は以外にやさしく、彼らに安否を問うのです。
 「あなた方の父は、その老人は無事ですか」
 「われわれの父は無事で,生きながらえております」
 「これが前に話した末の弟、ベニヤミンですか」ヨセフは母が同じ弟ベニヤミンの姿を見て,懐かしさが心にこみあげ、その場を外して泣く場所を探しました。やがて顔を洗って心を落ち着かせ,兄弟たちとは別の席につきました。ヘブルびととは同席できなかったからです。
 兄弟たちは席につき,互いに顔を見合わせました。兄から弟の順に、きちんと席ができていたからです。そして充分な食事が運ばれました。ベニヤミンの分はさらに他の五倍もありました。

 父と子の再会

 翌朝、兄弟たちは運べるだけの食料を袋に満たし,エジプトを出発しました。ところが町を出ていくらも行かないうちに、宰相の家来たちが迫ってきました。何事かと思えば、銀の杯を盗んだという嫌疑です。兄弟たちにはそんな覚えはありません。
 ヨセフの追手は、銀の杯を盗んで隠した者は奴隷にすると宣言しました。彼らはめいめいの荷物を降ろし,袋を開けました。その銀の杯は、ベニヤミンの袋の中にありました。ヨセフ自身が、わざと入れておいたのです。彼らは身の潔白の証しに衣服を裂き,ヨセフの前に戻りました。
 ユダは全員が奴隷になると言い張ったのですが、ヨセフはベニヤミンだけを残して、あとの兄弟は父のもとに帰れと言うのです。ベニヤミンだけを残して父のもとへ帰れるでしょうか。ユダはヨセフを前に、決死の大演説をぶつのです。父ヤコブがどんなに末の弟を愛しているか、彼は切々と訴えたのでした。
 ヨセフはついに自分を制しきれなくなって、「皆さん、ここから出てください」と呼ばわると、声をあげて泣きました。エジプトの人々、パロもこれを聞きました。ヨセフは兄弟たちに言いました。
 「わたしはヨセフです。父はまだ生きていますか」兄弟たちは驚き、恐れて声を失い、呆然と立ちつくしました。
 「もっと近くに寄ってください。わたしは弟のヨセフです。あなた方がエジプトに売ったヨセフです。しかし恐れることも、悔やむこともありません。神が命を救うために、先にわたしをエジプトにつかわされたのです。ききんはなお五年は続きます。帰って父に告げなさい。ためらわずにエジプトに下ってくださるように。わたしが家族も家畜も、すべてのものを養いましょう」ヨセフは弟ベニヤミンを抱いて泣き、他の兄弟たちとも抱きあって口づけしました。
 兄弟たちは父のもとに帰り、すべての事情を話しました。ヤコブは気を失うほど驚き、なお信じられませんでした。わが子の数々の贈り物を見て、ヤコブはようやくそれを信じたのでした。
 「わが子ヨセフは生きている。何と幸せなことだろう。死ぬ前にわが子に会えるとは」
 ヤコブはすべての持ち物を携えてベエルシバに行き、父イサクの神に犠牲を捧げました。神は夜の幻のうちに現れ、イスラエルに語られました。
 「ヤコブよ、ヤコブ。エジプトに下ることを恐れてはならない。わたしはそこであなたを大いなる国民とする。わたしはあなたと共にエジプトに下り、また必ずあなたを導き上るであろう」
 エジプトに下ったヤコブの一族は、合わせて70人でした。
 ヨセフはゴセンの地で車を用意して、父ヤコブを出迎えました。こうして父と子は再会を果たして抱きあったのです。
 「おまえが生きていて、おまえの顔を見ることができたので、もういつ死んでもかまわない」そう言ってヤコブは泣き、ヨセフも泣いたのでした。
 パロはヤコブとその一族を、快く迎えました。宰相の父の一族であったからです。ヨセフは父と兄弟たちをエジプトで最も良い土地、ゴセンの地に住まわせました。イスラエルはその地で大いにふえ、財産を得ました。ヤコブがエジプトに下ったとき130歳でしたが、彼はその地でなお17年生きるのです。

 ヤコブの祝福

 ヤコブは年老いて、病の床に伏しました。ヨセフは二人の子、マナセとエフライムを連れて父の見舞いに行きました。
 「これは誰ですか」ヤコブは目がかすんで、よく見えなかったのです。
 「エジプトで神がわたしにくださった子供たちです」ヨセフは答えました。
 「あなたの顔が見られるとは思わなかったのに、神は孫の顔まで見せてくださった。わたしに祝福させておくれ」
 ヨセフは子供たちを地に伏せさせ、エフライムの右手を取って、イスラエルの左の手に向かわせ、マナセの左の手を取って、イスラエルの右の手に向かわせ、二人を近寄らせました.すると、イスラエルは右の手を弟エフライムの頭に置き、左の手をマナセの頭に置いたのです。そしてヨセフを祝福しました。ヨセフはヤコブの手が逆になっていることを不審に思い、父の手を取ってエフライムの頭からマナセの頭に移そうとして、ヤコブに言いました。
 「父よ、そうではありません。こちらが長子です。その頭に右の手を置いてくいださい」
 「分かっている.子よ、わたしには分かっている。彼もまた大いなる者となる。しかし弟は彼よりも大いなる者となり、その子孫は多くの国民となる」
 ヤコブはヨセフの手を拒んで言いました。ヤコブは弟エフライムを、兄マナセの先に立てたのです。ヤコブ自身が生きてきた路程が、弟の立場から長子の権利を復帰する路程だったのです。
 ヤコブはその日、その子らを呼んで祝福しました。
 第四九章は、ヤコブが12人の子供たちを祝福し、それぞれの運命を預言しています。
 長子ルベンはヤコブのそばめと寝て、「父の床に上がって汚した」ために、すぐれた者にはなり得ないのです。
 シメオンとレビは、「彼らのつるぎは暴虐の武器」であったため、「イスラエルのうちに散らす」と預言されています。彼らは妹のゆえに町の人々を虐殺したのでした。
 族長ヤコブの12人の子供たちがその先祖となり、イスラエル12部族となるのです。やがて彼らイスラエル民族はエジプトで奴隷となり、モーセに率いられて出エジプトをして、カナンに入るのです。サウル、ダビデ、ソロモンの三代の王が立ち、ソロモン王の時代にイスラエル王朝は全盛時代を迎えるのですが、王の死後、王朝は南北に分裂します。
 北朝イスラエルは滅ぼされ,南朝ユダもバビロンに捕囚となります。結局、残ったのはユダ族です。それがユダヤ人であり、彼らは神に選ばれた選民と自負しているのです。そのユダヤ教の基台の上に、イエス・キリストが降臨されました。彼らの国は滅ぼされ、民は世界中に散ったのですが,ユダヤ教を中心とした選民意識を失うことなく、二千年の後に故郷に帰ってイスラエル国家を建設したのです。
 ユダヤ人の先祖がユダです。ヤコブはユダに、どのような祝福を与えたのでしょうか。

  ユダよ,兄弟たちはあなたをほめる。
  あなたの手は敵のくびを押え、
  父の子らはあなたの前に身をかがめるであろう。
  ユダは、ししの子。
  わが子よ、あなたは獲物をもって上がって来る。
  彼は雄じしのようにうずくまり、
  雌じしのように身を伏せる。
  だれがこれを起こすことができよう。
  つえはユダを離れず、
  立法者のつえはその足の間を離れることなく、 
  シロの来る時まで及ぶであろう。
  もろもろの民は彼に従う。(49:8)

 ユダの祝福はまだまだ続きます。ヨセフとその兄弟たちの物語の主役は,実はユダだったのです。ヨセフをエジプトに送った張本人がユダでした。父を説得して、ベニヤミンを連れてエジプトに下ったのもユダです。そしてヨセフの前に立って、大演説をぶってヨセフを感動させたのもユダです。こうしてヤコブとヨセフは再会を果たし、ヤコブの家庭は初めてひとつになったのです。その主役がユダであったのです。
 ヤコブが中心人物としての条件を立てました。アベルの立場がヨセフであり、カインの立場の兄たちを代表しているのがユダです。カインの堕落性を脱いで償うのが、ユダの立場だったのです。ユダが堕落性を脱ぐための条件を立てるかどうかに,神の復帰の摂理の成否が懸かっていたのです。
 ユダを中心とする兄たちが,ヨセフに従順に従うことができたので、ヤコブの家庭において善のアベル側が,初めて勝利しました。それはまた、アブラハム・イサク・ヤコブ三代の勝利であったのです。
 「つえはユダを離れず、立法者のつえはその足の間を離れることなく」とユダの祝福にあります。杖は人を導き、不議を打つメシヤの象徴なのです。モーセは杖を上げて紅海を渡り、イエスは鉄の杖で苦海を渡るのです。ヤコブも杖一つでヨルダン川を渡りました。つえはユダを離れずとは、ユダの血統からメシヤが降臨するという預言と見ることができます。宗家の宗孫はヨセフではなく、実はユダだったのです。そのユダの血統を残したのが誰あろう、タマルだったのです。
 第三八章に、タマルの話が挿入された意味が、ここにあるのです。タマルは命を懸けてユダの血統を残しました。ひと筋の.神の宗家の宗孫の血統を残したのです。タマルはユダの子をみごもり、それはヤコブとエサウと同じ双子でした。タマルが出産する時、先に手を出した子の手に、産婆は緋の糸を結びました.ところがその手が引っ込んで、弟が先に出てきたのです。つまりタマルの胎中で、兄弟が逆転したのです。これは何を意味しているのでしょうか。
 ヤコブは長子の権利を復帰して、兄弟は逆転しました。しかし彼らは40歳になっていたのです。血統的に兄弟が逆転したわけではありません。原罪はエバの堕落による血統的な罪です。これを清算するためには、母の胎中からカイン・アベルが逆転するという、血統の転換がなされなければなりうません。胎中から聖別するという役事です。タマルの胎中で兄弟が逆転して、ここに血統の転換がなったのです。そのタマルの血統から、無原罪のメシヤ、イエス・キリストが誕生するのです。

 氏族のメシヤ、ヨセフ

 ヤコブはアブラハム、イサクが葬られた墓地に共に葬ることを命じて、息絶えてその民に加えられました。ヨセフは父の顔に伏して泣き、口づけしました。そして医者に命じて父の遺体が腐敗しないように薬を塗らせました。薬を塗る期間は40日でした。またエジプトびとは70日の間、彼のために泣きました。それからヨセフはパロに願い出て、父を葬るためにカナンに上ったのです。戦車も騎兵も彼と共に上り、その行列はたいそう盛んなものでした。ヨセフは七日の間、イスラエルのために嘆きました。
 ヨセフの兄弟たちは父が死んで、また不安になったのです。ヨセフは今まで自分たちを憎んでいて、ヤコブが死ねば仕返しをするに違いない、と思ったからです。
 「わたしたち兄弟はあなたに、悪を行いました。今どうか、あなたの父の神に仕えるしもべらの、とがを許してください。このとおり、わたしたちはあなたのしもべです」
 兄弟たちはヨセフの前にひれ伏して言いました.それを聞いてヨセフは泣きました。
 「恐れることはありません.あなた方はわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変わらせ、多くの民の命を救おうとされたのです.あなた方の子供たちは、わたしが養います」こうしてヨセフは、父の家族と共にエジプトに住みました。
 ヨセフはエジプトで三代の子孫の顔を見て、110年の生涯を終えました。神がアブラハム・イサク・ヤコブに誓われたカナンに遺骨を携えて上ることを、その子たちに言い残して誓わせたのでした。
                         (第十章へ)

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