神の実在と霊界の実相・霊界の聖人たち

パウロの地獄めぐり

「焦ってはならない。主イエスの前に使徒になったように、主なる神の前に忠誠を尽くしなさい。主なる神が誰であるか、あなた自身が知るようになるであろう。主なる神の家で、神のみ旨を伝えることを研究しなさい」と神はパウロに言われるのでした。
 しかしパウロは主なる神の姿を悟ることができず、いかに伝えるかも分かりませんでした。「主イエスよ!」と叫ぼうにも、「主、イエスを探し求めてはならない」と言われ、「主なる神よ!」と叫ぼうにも、「主なる神の家で焦ってはならない」と言われるのでした。あれこれ考えながら、パウロは伝道に出発するような心情で歩きはじめました。すると一筋の光が、パウロを導いているのでした。
 そこはまさに天国でした。美しい花々も、鳥も獣たちも、一つの家族のようになっていました。あまりにも美しい人々が、夫婦の集いをもっていました。行く所ごとに、平和と恍惚感だけが満ちていました。
 「主なる神よ! 私パウロは足りませんが、伝道の道に出発しますので、私をお助けください」とパウロは神に祈りました。すると忽然と一筋の光が、パウロを導いたのです。その光がぐるぐると回ったかと思うと、あっという間に消えてしまいました。そこは人気もない辺鄙な所でしたが、ちらほら家がありました。パウロは一軒の家を覗いてみました。それは見るに耐えないような、むごたらしい現場でした。
 老いた夫婦が、骸骨の姿をしていました。ここは地上ではないのに、彼らは食べる物にも窮乏して、病に苦しんでいました。どうすればいいのか。
 「パウロ様! ここは地獄です。ここは主なる神の家ではありません。ここで主なる神を証してください」とても小さな明かりの中から、声がしました。
 「主なる神よ、どうしたらいいのでしょうか。何からなすべきでしょうか」とパウロは祈りました。すると、天から大きな声がしたのでした。
 「主なる神があなたを助けるので、ここで彼らと共に生活し、苦難の中で彼らの事情を把握しなさい。そのようにすれば、あなたが主なる神の使徒になったことを、大きく表すであろう」
 パウロは地獄という所で、彼らと共に生活しなさいという神の命令の前に暗澹としたのですが、地上で開拓伝道をしたことを思えば何でもありません。彼は祈祷して感謝の涙を流し、神の使徒としての覚悟と決意をしたのでした。
 地獄の現場は凄絶なものでした。彼は地上で開拓地を回り、多くの困難に出会い、克服してきましたが、地獄の現場のような所は見たことがありませんでした。
 地上では暗い夜と明るい昼が交差しますが、ここはいつも暗いのです。しかし不思議に、彼らの生活の様子が見えるのです。
 ある所では男女の別なく入り乱れ、淫行をしています。互いに殴り合い、引きずり込みながらそうしているのです。
 またある所では、食べて寝る豚の集まりのようです。大きな岩の塊のようなものがありました。驚くことに、それが人間なのです。もぐもぐとずっと、食べつづけているのでした。あまりにも大きくて、動くこともできないのです。
 悪臭がして、泣きわめく声、悪口を言う声、奇声や、呻吟する声が満ちています。飢えた者、病んで苦痛にうめく者がうようよといるのですが、どうしようもありません。
 パウロは何日、何カ月、いや何年になるのか分かりませんでした。どうしたら主なる神を証することができるのか分からず、疲れて虚脱感に襲われ、神にも捨てられたように思ったのでした。葛藤の中でさまよっているうちに彼は眠り、目覚めると華麗な所に座っていて、恍惚とした気分になりました。
 「パウロよ! あなたはその現場を見たのか」
 「主なる神よ! 私がそこでできる仕事が何でしょうか」
 「彼らを救ってあげなさい。病んだ者は治してあげ、飢えた者に食べさせ、捨てられた者には彼らの友となってあげなさい。そうすれば、神はあなたを助けるであろう」
 「主よ! 私にはそれだけの力がありません」
 「あなたは主なる神の使徒として行きなさい。そうすれば、あなたは神の助けを得て、彼らを治療できるであろう」
 「それなら行ってまいります。薬品もたくさん下さい。食料もたくさん下さい」しかし神は何も答えられず、ざあざあと雨の降るような音がして消えてしまわれました。
 「主なる神もお泣きになられるのだなあ! 神は何が悲しくて泣かれるのだろうか」パウロには、神の悲しみが分からなかったのでした。
 パウロは地上で開拓伝道をした時、たくさんの困難に出会いました。肉体は大変でしたが、心は平安でした。主イエスを証するという目標に向かって走るだけでした。生きる方向が明確でした。しかしここでは、方向の設定がないのです。地獄の現実を訴える所もなく、孤独で、寂しいばかりです。主イエスは冷やかでした。神は姿を現されても、答えてはくださらないのです。孤独と苦痛がつづいていたある日、天から明るい光が押し寄せてきて、パウロは光彩に包まれました。そしてそこに、不思議な光景を見たのです。
 祝宴の日のように、豪華な食べ物が並んでいました。そこに乞食のような姿をした、一人の老婆が座っているのでした。みすぼらしく憔悴して、憂いに満ちていて鬱憤が爆発するような様子でした。パウロは老婆に声をかけました。
 「あなたはどなたですか。なぜここに座って、思索にふけっていますか」老婆はパウロを見つめて言いました。
 「主なる神は多くの日々を、子女を案じて解放されなかったのです。パウロには成すべきことがないであろうか」
 「主なる神にはすべてをうまくやり遂げるはずなのに、なぜ心配して、そのような姿でおられるのですか」パウロが言い終わらないうちに、老婆の姿は消えていました。パウロは混乱して、うろたえているうちに、飛行機にでも乗っているように、空から下を見下ろしているのでした。
 そこはどこなのか、今まで見た地獄よりも、もっとむごたらしい場面が見えました。死体が散乱している戦場のようです。パウロは見るに耐えずに苦闘していると、再び恍惚とした光に包まれました。そして神の声を聞いたのです。
 「このむごたらしい者たちが、すべて神の子女であるなら、パウロよ、あなたはどうするか。あなたは神と何の関係があるのか」パウロが呆然としていると、神はさらにつづけて言われました。
 「あなたはここで苦労する神の子女たちを、みな忘れて、捨ててしまいなさい。そして安楽に暮らしなさい。パウロが地上で苦労した者として、神が与える賞金である」
 すると花の香りがして、鳥がさえずり、美しいメロディ−が流れ、驚くべき壮観をつくりだしました。しかしパウロは、うれしくありませんでした。ごちそうも食べたくありませんでした。すべてが地獄の呻吟に変わってしまうのです。
 パウロは声をあげて泣き始めました。そして神の心の傷と、神の痛みを推し量ることができなかったことを、激しく悔い改めたのです。そして彼は再び、自らが地獄に行くことを決意したのです。地獄で苦しむ神の子女たちを救うことを決意したのでした。
 ここからパウロの地獄めぐりが始まります。そして地獄で伝道を開始したのです。しかしある意味では、地上の開拓伝道よりももっと大変でした。パンも薬もなく、彼らの苦痛を救うことができなかったからです。
 ある時から、地獄に変化が起きました。パウロの祈祷が終わるころでした。神を呪って地獄まで来たという一人の女性が、涙を流して泣いて言いました。「主なる神よ、罪人となった私をお許しください」
 そのことがきっかけで、地獄で礼拝が行われるようになりました。しかし彼らは賛美歌を歌うことができないのです。パウロは休むことなく、祈祷と賛美を続けました。ある日からあちこちで呻吟するような、蚊のように小さな「シュウよ!」という声が聞こえてきたのでした。
 パウロはあまりにもうれしく、神に感謝の祈祷を捧げました。するとつむじ風のように神の光が現れ、二筋の涙のしずくをを残して行かれたのでした。
 パウロは使徒としての自分を、捨てることを決意しました。地上で生きている時、復活の主だけを証し、伝道したのであって、間違って生きれば地獄に来るということを教えることができなかったのです。彼は「地獄に来るのが当然だ」と考えたのでした。
 パウロは道端で、路傍伝道を始めました。「皆さんも罪人であり、私も罪人です。悔い改めましよう」と叫び始めたのです。
 ところが彼らは自分たちが地上で罪を犯し、誤った生き方をしてきたためにここにいることを、全く知らないでいるのでした。そこでパウロは作戦を変え、神様と天国の証を始めました。ところが彼らは怒りだしたのです。
 「主なる神とは何か。神とは誰か。そのお方はどこにいるのか。なぜそこだけ恵みを与えて、我々はこのように生きなければならないのか。不公平ではないか」そう言って彼らは石を投げつけ、パウロを追ってくるのでした。
 「地上のように、またむち打たれながら開拓していくのだなあ」とパウロは思い、神に救いを求めたのでした。すると雷鳴が聞こえ、燦爛たる虹が周囲を取り囲み、ふわふわとした光彩に包まれました。そして神様の大声が聞こえました。
 「パウロよ! きょうからここにとどまりなさい。そして、少し待ちなさい」

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